“短い手紙”  『初々しい二人へ10のお題』より

          〜年の差ルイヒル・別のお話篇
             *お題シリーズですが、お兄さんたちは大学生Ver.です。
              ややこしいですが、悪しからず
 


よくよく思い出してみるならば、
昨年の春が、そういやあ こうだったなぁと。
それを思い出せる人がどれほどいるものか。
夏はとんでもない酷暑だったし、
それを引きずって秋がなかなか来なくって。
そうかと思や、
いきなり凍えるような寒い風がやって来て、
油断めさるなよと 人を脅かしもしたけれど、
いつまでも上着要らずの秋だったものが、
クリスマスを目前に、急転直下という暗転を見せた。
寒気団の急襲が、しかも次々と続いたその結果、
例年でもとんでもない豪雪に閉ざされる北陸や東北でも、
これまでに例のない、記録的な大雪に見舞われて。
雪かきや雪下ろしの最中に、
屋根からすべり落ちて来た雪に埋もれる事故も多発した、
そんな冬末の“今”なので。

 「いっそ異常気象なのが当たり前になって来ているものねぇ。」

例年だとどうだっけなんて、何だか微妙な会話になってるしと。
愛用の携帯電話を開いての操作をしつつ、
今日の予定を伝えるメールが届いてはないか、チェック中の桜庭で。
アメフトアイドルという、
“自分では恥ずかしくて名乗れません”ぽい肩書が定着しつつある彼であり、
アメフトにまつわるイベントの告知はもとより、
スポーツウェアやスポーツドリンク、
各種サプリメントにアイシング用のスプレー剤に、
果ては日焼けケア効果のあるコスメまで、と。
ソフトな風貌と、場の空気を読むのが絶妙な、
機転の利く性分とが大きに買われてのこと。
練習には支障の出ない程度ながら、
いまだに“アメフト協会の広報担当”として、
芸能活動も続けておいでの彼であり。

 「…っと。春休み中のフェスティバル告知の撮影か。」

日本の学生アメフトは、高校も大学も春と秋との二季制で。
特に春の大会は随分と早くに開催され、
始業式の日が1回戦なんてザラなこと。
片やの大学リーグはというと、
春の部はランキングやシードなどなどに影響しない、
微妙に公式戦とも呼べぬ種類の、言わば公開試合のようなもの。
とはいえ、チーム作りには重要な時期でもあるし、
何より、固定のファンをもっと増やそうと、
川崎スタジアムなどでは、
華々しいイベントがオプションでついてくるとか、
実業団の試合との2本立てなんていう、
エキジビションぽい試合も開催される。
そして、

 王城大学のシルバーナイツのような、
 最終決戦にあたる
 “甲子園ボウル”だの“ライスボウル”だのへの常連ともなれば

知名度の高さゆえ、
そういった試合へも度々駆り出されているし。
同チームに所属するキープレイヤーである桜庭へも、
告知に顔を出してほしいとの要請が、
あちこちからやって来る忙しさだそうで。

 「…………お。」

スケジュール調整を確認しておれば、
すぐお隣で学校までのバスを待っていた連れの方からも、
メールが届いたか、軽快な電子音が流れて来る。
さほど寒い朝ではなかったが、時折雨がぱらつくのでと。
グラウンド用のウィンドブレーカを羽織っていた、
トレーニングウエア姿の彼らであり。
そういういで立ちのおりはバッグに入れていたはずが、
おもむろにズボンのポケットから取り出した進だったので。

 “おや。”

少しずつ物慣れつつあるからか、
何の何の、
メールをわざわざくれる相手といやあ限られているから、
早く出たくてのことだろう。
武骨で大きな、いかにも力のありそうな手の中で、
ぱたりと開かれたスリムなモバイル。
当初…から半年ほどは、
掛かって来た電話を受信した直後に切ってしまってた、
“逆ワン切り”の常習者だったのに。
今ではなかなか物慣れたワンアクションにて、
操作もこなせる彼であり。
メールだったか、開示の操作を続けて……数刻。

  「………………。」

  「…セナくんなんだろ?」

だとしたら、これもまた微妙なそれながら、
口許目許に喜色が浮かぶ彼のはずが。
(そして、それに気づける桜庭さんて凄いと、
 女子マネに称賛されてもいるのだが。)
どういうワケだか、
液晶に封印の咒でも映し出されたか、
切れ長の目許を見張ったそのまま、
じっと動かなくなった進であり。

 “いくら付き合いの長い僕でもさ。”

何とも言ってくれないのでは埒が明かぬ。
ちょっと失礼と、上背を生かしてのこと、
そんな彼の手元を覗けば、

 【 進さんへ。】

ああやはり、
あの小さなセナくんからのメールじゃないかと。
安堵をしつつその先も覗かせていただくと。

 【 進さん、おはようございますvv
   セナは今日もがっこです。
   途中の道で、ジンチョゲがさいてました。
   お名前は思い出せなかったけど、
   によいはおぼえてました。
   お名前はヒル魔くんが教えてくれました。
   去年も教えたぞと言われました。
   ちょーちんみたいねと言うと、
   去年もそれ言ったぞって言われました。】

漢字が増えたのは さすが四年生というところか。
ところどころで字足らずなのが、
あの坊やの舌っ足らずな話し方を彷彿とさせて、
何とも愛らしいのだが、

 「まさか、正しい表記じゃないって怒っているのかな?」

まだまだ小さい子なんだし、
小さいボタンを何度も押しての入力なんだから、
少しくらいの誤字や脱字は大目に見てやれよと。
窘め半分、諭すようにして桜庭が言ったところが、

 「いや、ジンチョゲとは何だ?」

 「…………っ☆」

凍っていたんじゃなく困っていたらしい仁王様。
助けを求めるように訊いて来たのへ、

 “ちょっと待て、確か去年も訊かれなかったか?”

そういう意味ではいいコンビだこととの苦笑も新たに、
ちょっぴりぬるい風に乗り、
どこからともなく聞こえて来た、
ほのかに甘い匂いの有処を見回した桜庭くん。
あの茂みの花のことだと、
小さな小花が、今はまだ
よくよく探さねば見つからないほどの咲きようなのを示してやって。

 “ああ、こういう話題になるのも春ならではだねぇ。”

花ってどこだと懸命に首を伸ばしてるチームメイトの、
それでも進歩はなはだしい成長ぶりへ、
うんうんうんと、ついつい感慨深げに頷いた、
桜庭くんだったそうでございます。


  ―― ちょうちんみたいって言うけどよ、
     ちょうのトコしか かぶってねぇじゃん。

     あ、それ去年もゆったよ? ヒル魔くん。

     同じ話題だからだ、バカやろが





  〜Fine〜 11.03.21.


  *そういやお彼岸ですね。
   春休みも間近だったのに、
   そういった実感も薄いこの春で。
   とはいえ、
   少しずつ、少しずつ、
   被災地とこちらとから、
   延ばした手と手がつながり始めておりますね。
   春到来を告げる梅と桜のその狭間、
   甘い香りのジンチョウゲや、
   濃紫や純白のモクレンもお目見えです。
   そういうささやかな幸いも、
   皆さんのところへ届くといいなぁ…。

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